2018年2月17日土曜日

ベートーヴェン:ピアノソナタ第31番作品110変イ長調(解説 滝村乃絵子)


ピアノソナタ第31番変イ長調作品110
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが
1821年に完成したピアノソナタ。

ベートーヴェンは生涯にわたって
ピアノソナタを書き続けました。
中でも第31番と第32番は大作「ミサ・ソレニムス」
と並行して作曲され、ベー トーヴェンが行き着いた
ピアノ音楽の集大成的作品とされています。
最後の3つのソナタ第30番、第31番、第32番は
それまでのソナタとは全く違う世界を 示しています。
それを言い表すなら
「深い悲嘆」と「浄化」でしょうか。
31番作品110はまさしく、
最も深い悲嘆に包まれた作品です。

この曲を作曲当時の
ベートーヴェンは健康をひどく害し、
経済的にも決してゆとりがあるとは言えませんでした。
しかしそうした外的な状況と反するかのように
彼の心境は益々高く
透徹としたものになっていったのです。
キリスト教に止まらない
広い宗教観を持っていたベートーヴェンの
晩年の思想や精神性に 
大きく影響していたかもしれません。

31番では
とりわけ第3楽章のベートーヴェン自らが呼んだ
「嘆きの歌」が有名です。
その影でひっそりと佇む第1楽章には、
無心で野に咲き揺れる花のような
透明感と可憐さがあります。
短いながら強いアクセントとなっている
2楽章に続く第3楽章の
「嘆きの歌」と呼ばれる、短調の物悲しい旋律には、
いつになく弱々しく悲嘆的な
ベートーヴェンの姿が映し出されています。
いつもは短調でも力強く推進的なのが、
ここではそうした威勢の見る影もありませ ん。
そしてその後に続くフーガにも
苦悩に立ち向かうというよりは、
それを受け入れることで昇華されていくような、
自然体で伸びやかな響きが感じられます。 
物事をありのままに受け止め肯定することで、
苦痛から解放されるといった感じでしょうか。
フーガは昇りつめるように進んでいき、
ついには明るく確信に満ち た終結を迎えます。

幾多の辛酸をなめてきた
ベートーヴェンだからこそたどり着いた境地。
もうこの世の闘争やわずらいとは
関係のない世界です。
これは後期の弦楽四重奏曲にも
同じような心境をうかがえます。

今回、この曲を舞台で演奏するのは
2度目になります。
1度目はもう10年以上前になります。
この曲が、自分の人生の歩みを
感じさせてくれる曲と 言っても過言ではありません。
若かった頃のたくさんの思い出と共に、
いつも新しい何かが聞こえ、
奥深く、終わりがありません。
常に自分の心と対話しなが ら、
その時々の自分の演奏ができれば幸せです。


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